ランニングシューズに関する特許出願概況と特許から見た課題
最終更新日:2020/04/18
1)はじめに
夜間に数百m走ることを習慣にしています(近々は状況に応じて自粛しておりますが)。百mでは物足りなく、かといって何kmも走るほど過酷なこともしたくないので、数百mで定着しています。
このため、ランニングシューズは持っているのですが、それほど走行感やフィット性に気合を入れているわけではなく、どちらかと幅広のゆったりしたものです。寸法的にも機能的にも、ゆるい靴で満足しています。
しかし、ちまたは、機能性、デザイン性で優れた数万円のシューズは飛ぶように売れているとか。
特許的にはどうなのか、ランニングシューズの特許出願傾向、出願目的、課題等を俯瞰します(2020年4月現在)。
2)調査範囲
出願公開されている特許出願情報(出願公開時に発行される特許公報)から関連する公開公報の情報を抽出して分析しました。
履物及びその付属品、製法、装置についての特許分類(Fターム)である4F050のうち、ランニング用途である4F050JA09を主範囲として、また4F050が付与されているもののうちランニングシューズの記載があるものを抽出しました。
調査期間は、1997年から現在(公開までの期間があるので2018年頃の出願まで)までに出願されたものとしました。
上記調査範囲において、約700件の特許出願がありました。
3)時系列で見た出願件数の推移
1997年からの出願年に対する出願件数の推移です。
年推移で見ると、20件から30件程度で推移していたのですが、2013年頃から一気に増加、2014年には80件を超えます。最近はピークを過ぎたようですが、それでも従前より多い状況です。2014年になぜ急激に増えたのかは定かではありませんが、約5割がNI社の出願です。
4)主な出願人の状況
特許出願人の状況です。
NI社の件数が圧倒的に多いです。
日本の総合スポーツ用品メーカであるMI社もがんばっていますが、ランニングシューズに絞ると、件数的にはかなり分が悪いです。
5)特許に登場する主要KWの連関図
最新発行分の公開公報の要約を弊所独自に整理した特許要点に現れる主要単語(一般名詞)のバイグラムについてのネットワーク図を作成しました。
課題解決に用いることができる部材、部品と、発明のポイントとなるキーワードとの関係を俯瞰することができます。
部材としては、主に、アッパー、インソール、ミッドソール、アウトソール、紐等から構成されているようです。
発明のポイント・課題としては、衝撃、緩衝、軽量、反発、テンショニング、装飾等が見て取れます。また、周辺にあるプレート、波形、発砲、チャンパ等が解決の糸口となるKWになるもののようです。
また、センサ、モジュール、プロセッサ、データ等、シューズの本来の機能とは関係なさそうな言葉も見受けられます。ユーザごとのカスタマイズのためのデータ収集やフィードバック、または今後のIOTの下地技術に関連するものと推察されます。
6)ランニングシューズの最近の課題の整理
さらに実際に最近発行された公報(2019年発行)を参照することで、より具体的な課題の詳細が見えてきます。
走行時の性能に関するもの
・クッション性
・接地感
・弾性
・円滑な体重移動、身体の制御容易性
・円滑なあおり動作の促進
・フィット性、ホールド性
・履き心地、快適性
・切り返し動作やブレーキ動作に対する安定性
・軽量
・衝撃吸収性
・靴後方部の層流の増加/抗力の減少
・足の動的な変形、足の関節に対応した屈曲溝
・着地位置、回内/回外、走り方、速さ、身長、体重、サイズ、足の形、脚の形のカスタマイズ
・蹴りだし時の推進力向上
その他の靴の性能・機能に関するもの
・耐用寿命、耐久性、経年劣化
・足の負傷防止、保護
・足当たり感
・靴底の過剰な摩擦からの保護
・足の汚れまたは水はねから保護
・紐締めの自動化、自動テンショニング、最適テンション
・紐締めテンション調整
・脱ぎ履きが容易
・アッパの変色が可能
・アッパの強度、サポート、安定性
・アッパの視認性向上
・通気性及び吸水率
・アッパのつま先領域機能(タイトフィット)と踵領域機能(支持性)の両立
・足底筋膜炎、中足骨痛等の足の痛みの緩和
・遠隔装置との通信や対話;フィジカルデータの送受
・筋骨格系に作用する負荷に適合
・ソールのせん断耐力
・ソールの繰り返し衝撃荷重に対する安定性
・高足弓、中足弓(正常)、低足弓(扁平足)に対して選択可能なインソール
・足の存在検知
・前足部から中足部へ靴底の硬さの漸進的変化
・緩衝性/安定性向上のための流体充填チャンバ
・ソールの前足部領域の屈曲性制御
・伸縮可能な内部長のための踵調節
・捻挫防止
・ソールのカスタマイズ
・接地の状況に応じてクッション性を段階的に変化
・ミッドソール又はインソールの圧縮弾性率と引張弾性率
・電気粘性流体による部分形状変化
・過度のプロネーション、スピネーションの防止
材料に関するもの
・構成要素のたわみ性(flexibility)
・耐摩耗性(abration resistance)
・剛性(stiffness)
・圧縮強さ(compressive strength)
・密度
・反発性
・加工性
・衝撃吸収性、緩衝
・射出成型に好適
・圧縮永久ひずみ
・硬度
・初期弾性率
・高い充填密度を有する複雑な形状のプラスチック
・エネルギーリターン強化のための発泡体改良
・分割引き裂きの強化、比重の減少のための発泡体改良
・発泡率
製法
・製造の容易さ
・射出成型の成型プレートの形状の限界を拡大
・生地上にUV硬化性グラフィック層を印刷する方法
・費用効率
・ばねおよび緩衝特性の調節
・積層造形時の接着、結合
・靴型を用いたアッパ製法
8)総括
・ランニングシューズに関する特許出願の概況と特許から見た課題を整理しました。
特許から開発課題を抽出することは、業界の開発動向を概観できるとともに、業界の中の自らの位置の把握や不足点や開発課題に関する気づきを促し、今後の開発や商品企画に活用することができます。
・ランニングシューズは比較的部品数は少ないですが、それだけに多岐にわたる課題を少ない部品で解決するために、年々改善や新たな工夫を加え続けていることが推察されます。
・具体的な課題に関しては、各社、走行時の性能向上はもちろんのこと、さまざまな課題に注目しています。
例えば、足の保護・着脱性、自動紐締め、カスタマイズ、データ収集・情報提供等、スポーツ選手だけでなく、一般のユーザターゲットにしていると思われる快適性や利便性の追及にも非常に力を入れているようです。
身近なストレス解消や健康志向が高まる中、シューズの技術進化はこれからも続くと考えられます。
・コロナ禍で生産や販売が停滞する中、人類の知恵を止めることはできません。時間に余裕のある今こそ、有望なアイデアを特許出願して、来るべきビジネスの波に速やかに乗れるようにしておくことが肝要と思います。
9)付記:シューズのアイデア創出における特許活用法
シューズについての新たな優れた発明をするには、たくさんのアイデアの素を創出する必要があります。
先人の特許を活用することで、発明の元となるアイデアの素を比較的時間をかけず、生み出すことができる場合があります。
- 従来のシューズ技術を掘り下げる
- シューズの先願特許(公知文献)から、注目する課題の従来の解決策を探る。
- 従来解決策を実施した場合のさらなる課題を挙げる。
- 上記課題を解決するアイデアを考えてみる。
※先願特許侵害に注意する必要があるがその検討は後回し。
- 従来のシューズ以外の技術を参照する
- シューズ以外の技術の先願特許から、同様の課題の解決策を探る。
- シューズに上記解決策を適用してみる。
- 適用するための課題を解決するアイデアを考えてみる。