特許の引用文献情報・被引用文献情報の活用
最終更新日:2020/09/15
1)はじめに
引用文献・被引用文献の利用・活用方法について検討します。
2)引用文献・被引用文献とは
特許の引用文献・被引用文献について、特許庁の資料によれば、
「特許出願A の審査において、審査官が先行特許B を引用した場合、先行特許B を特許出願A の引用文献といい、特許出願A を先行特許B の被引用文献という。また、ひとつの特許公報に対して引用文献および被引用文献は複数存在することが多く、その数を引用文献数、被引用文献数という。」
とあります(※1)。
(※1) 特許庁HP
https://www.jpo.go.jp/index.html
ホーム> 資料・統計> 刊行物・報告書> その他の調査、研究>
特許情報提供サービスに関する調査報告書> 民間事業者が提供する特許情報サービスの機能紹介
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/service/h28-minkan.html
(2020/09/14現在)
上記の「審査官が先行特許B を引用した場合」とは、
例えば拒絶理由通知における拒絶理由で、先行特許を引用する場合になりますが、Jplatpat等を参照して得られる引用文献情報・被引用文献は、必ずしも拒絶理由を構成するものではなく、審査に先立って抽出した先行技術文献調査で得られた結果も一部含まれます。
このため、引用文献・被引用文献は、該当の出願に対して技術的にかなり近い内容の開示がある文献だけでなく、その周辺技術分野の文献を含めて、該当の出願に対して関連技術の比較的広い範囲の文献を複数含むことになります。
この点をうまく利用すると、キーワードや特許分類による検索・調査とは別のアプローチで、特許データを活用できます。
3)引用文献・被引用文献の利用例
上記特許庁HPから閲覧できる資料を参考にすると(「引用・被引用情報の活用」)、例えば、以下のような活用事例が考えられます。
尚、以下の3-1)から3-3)は、特許庁HPの内容そのものではなく、上記出典を参考に、弊所が別途加工、整理、独自の意見を加えたものです)
3-1)無効資料調査への活用
ある特許の引用文献のさらなる引用文献や、被引用文献の引用文献など、引用・被引用の関係性をたどっていくことで、当該特許を無効化するための先行資料を探し出すことができる可能性があります。
特に、被引用文献の引用文献は、当該特許の出願の際の審査の際には確認していないことが多いため、これらを確認することは意外と役立つことがあります。例えば、同じような発明は同一時期に出願されている場合が多いので、先願の同一発明を発見できる場合があります。
3-2)重要特許の把握
被引用文献数が多い特許出願は、それだけ多くの後願の特許出願に影響を及ぼしているものと考えられるので、重要特許の把握に利用できます。
さらに後述するように、単純に被引用文献数を用いるのではなく、重要特許を抽出する目的に応じて、被引用文献をベースにしながら評価方法をアレンジする方法も有効と思われます。
3-3)ライセンス先候補の選定
個別の特許出願に対してではなく、例えば、出願人Bの特許における拒絶理由に出願人Aの特許文献が引用されている場合が多い場合、出願人Aは、出願人Bにとって類似技術で先行する特許権を保有している可能性があります。そこで、互いに特許の実施許諾や権利譲渡の交渉前検討に活用できるかもしれません。
自社のコンペティタならば、引用文献情報をわざわざ紐解かなくても、類似技術を開発しているか否かは十分認識しているでしょうが、これまであまりマークしていなかった異業種や新規参入の出願人を把握するのに役立つ可能性があるのではないかと思われます。
4)引用文献・被引用文献の抽出の例
以下、引用文献・被引用文献抽出の例として、有名な切り餅特許事件の特許を取り上げます。
切り餅特許事件には,特許権侵害を訴えた際の特許発明を規定する原告E社の特許第4111382号(特願2002-318601)、イ号製品に関連する被告S社の特許第3620045号(特願2003-275876)が存在します。
これらの特許を取り上げたのは、抽出件数として適当だったという理由であって、他意はありません。
上記2つの特許の引例、被引例を3世代(引例の引例の引例等)程度まで展開した例を以下に示します。
商用特許DB(SRPARTNER)の「引用文献番号」、「被引用出願番号」の情報を元に、出願番号を頂点とした辺リストを作成し、ネットワーク図をプロットしたものです。
有向のネットワーク図であって、矢印元が引例元(引用される側)、矢印の先が引用先(引用する側)を示しています。
各出願の引用、被引用が複数存在するために、図のように、件数はねずみ算式に増えていき、わずか3世代分で辺数(矢印の数)は150個以上となっています。
5)出次数による特許評価
3-2)のように、被引用文献数が多い特許出願は、それだけ多くの後願の特許出願に影響を及ぼしている可能性があるとすれば、被引用文献数のランキングで特許を評価することが考えられます。
被引用文献数は、有向のネットワーク図においては、出次数に相当します。次数とは、頂点に接続している辺の数であり、出次数とは、他の頂点へ出ていく辺の数です(逆に、他の頂点から入ってくる辺の数は入次数)。
上記4)で抽出した各出願に対して、出次数のランキングを取った例を以下に示します。
6)外向き矢印評価_改
5)の出次数による評価には問題点があります。
それは、単純に被引用文献数(出次数)が多くても、重要特許とは限らないという点です。
例えば、拒絶理由の引例として使われる特許出願は、単に内容(説明や図)がわかりやすく、対象出願の内容と比較しやすかったからかもしれず、真に重要な特許はさらにその前に出願されている可能性もあります。
また、重要な特許として引用されていたとしても、現時点での特許の重要性評価であるならば、時間的なファクターも重要だと思われます。例えば、10年前の特許出願に引用された場合と最近の特許出願に引用された場合では、後者の方が評価が高くなるべきと考えられます。
そこで、改良策として、
外向き矢印(他の頂点へ出ていく辺)の数を数えるだけでなく、それぞれの外向き矢印について重み付けをする方法が考えられます。
具体的には、それぞれの外向き矢印に対して、
rule1:引用先の特許出願(矢印先の出願)の出願年が新しいほど、重みを増やす。
rule2:引用元の特許出願が、現在の出願・権利状況で重みを変える。
※ 登録or生存 > 権利消滅 > それ以外(拒絶確定等)
各出願について、上記rule1,rule2の重みづけをした外向き矢印の数を計数することによって、評価値を計算します。
隣接行列Aの各辺の要素をaijとしたとき、上記評価値Eは
上記評価を、「外向き矢印評価_改」と呼ぶことにして、4)で抽出した各出願に対して、計算したものを以下に示します。
切り餅特許事件での主役となった特許出願にかかる文献が上位にきています。
(尚、特願2006-090684は、特願2002-318601の分割出願)
7)引用文献・被引用文献の問題点
特許分析に非常に有用な引用文献・被引用文献ですが、問題点もあります。
7-1)距離(世代)が離れるほど、関係ない内容の文献が増加する
上記2)でも記したように、引用文献・被引用文献は、新規性否定で拒絶確定となった際の引用文献を除き、完全に同一の内容ではありません。
進歩性否定のための一部の構成要件が共通のものや、先行技術調査の際の参考文献も含まれるため、引例の引例はほとんど無関係の内容になってしまう場合もあります。
7-2)データ誤りが存在する
データベースの引用文献・被引用文献データに、拒絶理由に挙げられた引用文献(又は引用しようと意図していた文献)とは異なる文献が混在している場合も少なからず存在します。
データベースのデータは、特許庁から提供される特許情報標準データから取得しているようですが、その特許情報標準データが間違えている場合も多いようです。
単にその文献だけでなく、その引用、被引用の文献へとその問題が波及するため、影響が大きくなります。
以下、4)のある出願の例です。
下図のように、JPlatPatでは、特願2006-88563(餅)の引用文献として、特開2004-318601(包装硬貨支払機)が挙げられていますが、明らかに無関係の内容です。
実際の拒絶理由通知の内容を確認したところ、特開2004-318601(特願2003-113027)は引用されておらず、代わりに特開2004-147598(特願2002-318601)「餅」が引用されていました。
おそらく公開番号と出願番号が混在した誤記により、特許情報標準データにおいて、拒絶理由通知の引用情報が書き換わってしまったようです。
誤りの形から見て、ソフトウェアのバグとは考えにくく、特許情報標準データを作成する際の転記エラー(ヒューマンエラー)が生じたのではないか、と推察されます。
以上のように、引用文献・被引用文献には、7-1)や7-2)等の問題があるため、調査や評価に利用するために単純に引用文献・被引用文献の距離(ex. 引用の引用の引用の・・・)を増やしても、ノイズが増えるだけで、苦労のわりに益が少ない結果となる場合もあります。
8)まとめ
引用文献・被引用文献の情報は、特許調査、評価において、使用KWや特許分類とは異なるアプローチを提供し、特許の利用の幅が広がります。
しかし、実際に役立つ結果を得るためには、引用文献・被引用文献の問題点を認識した上で活用する必要があります。
例えば、分析の精度を上げるためには、1世代ごとの引用文献・被引用文献の内容を確認した上でさらに次の世代の引用を確認する等の工夫が必要になる場合もあります。